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7年前の震災はしっかりと覚えている


Canon EOS 6D + TAMRON SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USD


「半分、青い。」 で、東日本大震災をどのように描くのだろうかと、不安な気持ちで見ました。
震災3日後に、津曲が工場へ打ち合わせに行って「影響出ちゃってるんすね〜」と言っていたことに、とても違和感を覚えました。

前夜に計画停電を行うという発表があって、電車が止まり、動いている路線を探しながら何時間もかけて出社してきた社員が多かった。
流通が滞り、スーパーやコンビニの棚はガラ空きになり、ガソリンスタンドも休業。
かろうじて開いている給油所には長蛇の列ができていた頃です。
被災地は勿論のこと、北関東への宅配も受け入れ停止中で、解除されたのは1〜2か月後のことでしたよね。

そよ風ファンのプレゼンは大成功で3000万もの出資があったと言うのも信じられません。
プレゼン開始直後にあの震災が発生したのですよね。
集まっていた人たち、帰りの電車が止まって帰宅難民になったはずですが、プレゼンは中止されなかったのでしょうか?

脚本家の北川悦吏子さんは、震災発生後に放射能の影響を恐れて娘さんと沖縄に避難したとか。
揺れがひどかった関東以北、阪神大震災を経験した西日本の人々は特に、テレビをつけっぱなしで被害状況を見続け、あまりにも悲惨な状況に多くの国民が青ざめていた時期です。
福島の原発の水蒸気爆発の報道に、固唾を飲んでいたときです。
いち早く逃げていた北川さんは、知らなかったでしょうね。
沖縄で、何してました?

誰もが、まだまだ記憶が薄れていない東日本大震災を描くには力不足でしたね。
下調べや取材が足り無さすぎます。
「言葉のデザイン」にこだわったあまりに、非常に雑で薄っぺらい共感できない作品になってしまいましたね。

秋風先生がスズメに言った、「つまらないものなら書くな。この世にない方がマシだ」
これは、北川さんが闘病中のリアルな体験からそう思ったのだそうです。
今、大ブーメランが彼女の後頭部を直撃しているのを我々は見ています。
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